「山の風景を撮りたい」と訪れたのは、山梨県北杜市の山あい。日本百名山が五つもあるという市内は、どこを見ても雄大な景色が広がっている。一眼レフを手に、まずは操作を覚え、風景写真のコツをプロに聞きながら、ファインダーを覗く。現役時代は撮られる側でカメラに触れたことはなかったが、体験してみると、これが楽しい。日が傾きはじめた空に、山並みのシルエットが浮かび上がる。

山間の道を車でさらに走り、八ヶ岳のふもとにあるキャンプ場へ。今夜の拠点となるキャビンは、松林に囲まれ、深呼吸が気持ちいい。標高1,000mの空気を味わいながら、持ってきた豆を挽いて、男二人、ゆっくりコーヒーを淹れて飲む。こんな時間は久しぶりだ。冷え込む山中でも、このダウンが一枚あるだけで暖かい。スポーティーな色合いも好みに合っている。

夕暮れが近づくと、焚き火の炎が明るく揺らめく。眺めながら思い出すのは13年前の南アフリカW杯。あの時のキャンプ地もこんな自然の中だった。ホテルのまわりはライオンもいるという公園。野生動物が近くに来れば部屋のモニターに映ると聞き、ライオンがひと目見てみたくて寝られなかった。火を囲んで、そんな遠征での思い出話などをとりとめなく話すうちに、夜も更けていく。

八ヶ岳の東に、昇仙峡という日本屈指の渓谷があると聞いて向かう。長い時間をかけて川に削られた奇岩が見どころらしい。自然がつくった絶景といえば、スペインのクラブチーム時代、地元のマヨルカ島にある観光名所の洞窟へ行き、鍾乳石が垂れ下がる地底湖をボートで渡ったことがある。そんな話をしながら、谷沿いの道を車で走っていると、突然、対岸に巨大な岩の壁が現れた。昇仙峡の主峰、覚円峰だという。

想像をはるかに超えた覚円峰の迫力とスケールに驚きながら、さらに上流を目指す。食事処の脇道から遊歩道に降りると、ごうごうと激しい水音。谷底に近づくと、断崖から流れ落ちる滝に目を奪われた。高さ30mという仙娥(が)滝。頭上にせり出した岩をくぐり、谷にかかる橋を渡る。切り立った奇岩の崖、見たこともないほど大きな石がひしめく河原。珍しい光景が次々と現れ、冒険しているような気分だ。

角度を変えながら巨石にレンズを向けていると、同行のカメラマンが「あっ！」と近くの草むらを指す。うちの息子たちも好きなトカゲ。ピントを合わす間もなく去っていったが、カメラのある旅がこんなに楽しいものとは知らなかった。風景と自分が一体になったような躍動感がある。岩場の道を歩き回り、何十回となくシャッターを切っている間、このダウンは気の合う相棒のように動きにフィットしてくれた。

自然を満喫した後は、気分を変えて街へ出た。訪れたのは、甲府駅の北側にある甲州夢小路。そこだけタイムスリップしたように、古民家や蔵、洋館など、レトロな建物が並んでいる。時おり「ゴーン」と低い音を響かせている塔は、時の鐘といって、明治時代まで使われていた鐘つき堂を再現したものらしい。向こうには駅を出入りする電車も見えて、昔と今の風景が重なっているような不思議な感覚だ。

蔵の店のひとつで好きなバナナジュースを注文。スタッフさんが以前サッカーに関わっていたと聞いて、しばし話が弾む。旅のお土産も選ぼうと、古民家風の店が並ぶ一角へ。店構えも粋な感じの山梨県産ワイン専門店で、100年以上の歴史があるというワイナリーの1本をすすめられる。ワイン通の友人が喜びそうだ。気ままな街歩きも、このダウンならポケットがバッグ代わりになる収納力で、身軽に楽しめる。

このあたりには甲府城という城があったらしく、近くには城門や石垣を復元した歴史公園もある。周辺をサイクリングすると、古い校舎を移築したという記念館や武田信玄の父、信虎の銅像も。知らない場所を見て回るのは、いくつになってもおもしろい。今までは旅行といえば家族一緒が定番だったが、息子たちの成長につれて、これからは大人だけの旅も増えていくだろう。それはそれで楽しみだ。